相棒のそれと反して、シェアトの食事はごく普通のものである。身体は栄養を必要としないが、心はそうではなかった。人間らしさにアイデンティティを見出しているらしい彼は、”普通”だった時の慣習を、なるべく損なわないよう生活していた。
 シェアトの荷物は最小限の道具、香草、穀物等である。食材はなるべく現地調達と決めていた。そして黙々と食肉の解体作業をする彼を、メルグレアが嫌味たっぷりの声音で詰ってやるのが日常だった。

「栄養にもならんのに惨殺死体にされるとは。おれですら憐憫を覚えるね」

「遊び半分に喰われる僕にも同情してくれないか」

 今夜の献立に想いを侍らせながら、適当な返答をするのであった。

「戻ったぞ」

「っうわぁ!?」

「驚き過ぎだろ」

「いやここ……二階……」

 窓の外、褐色の肌は夜の闇に紛れ、緑の眼だけが現れた。いつものようにシェアトを嘲る眼が。
 その日は宿を取ることができたのだ。珍しいことに、いかにも怪しげな旅人二人を、あっさりと通してくれた。訳あり者の集まる宿らしく、宿の主人も賞金首という噂があった。

「それで、追っ手は」

「三人いた」

 窓から猫のように入りながら答える。情報収集は専らメルグレアの役目である。

「……過去形」

 シェアトは顔を曇らせた。

「察しが良いようで」

 メルグレアが腹をさすりながら答える。偵察は夕餉のついでに過ぎなかった。
 こういう事は度々あった。シェアトは何も反論しない。彼に護ってもらっているのは自分の力不足が元である。感謝こそすれ、非難できる立場では無いだろう、と何度も自身を説得しようとはしていた。
 
「僕を食べれば良かったのに」

 それでも、ささくれ立った良心が口を突いて出た。

「資源の有効活用だよ。お前みたいな善人を傷つけたくはない。……まあ」

 わざとらしい事を言いながら、浅黒い指が白い頰に伸びる。

「口直しさせてくれるってんなら、喜んで」

「どうしたんだ、変な顔して」

「……」

 今、形の良い眉を訝しげにひそめ、困惑を露わにしているのはメルグレアの方であった。引きつった笑みらしきものは、いつものようにシェアトを嘲弄するのに失敗した証だった。

「それ、食うのか……いや、食えるのか」

「?」

 人外じみた白さの手が、極彩色の塊を平然と掴んでいた。それは、足だろうか、二列に並んだ細かい毛の様なものを、もぞりもぞりと動かしていた。色といい形といい、とても可食のものとは思えない。メルグレアとて、それくらいの常識は弁えているつもりだ。
 確か昨晩、彼の頭蓋を割って脳を啜ったりはしたが、そのせいで頭がイかれたのだろうか。きちんと治した自信はあったのだが。

「そんな真面目な顔もできたんだな」

「よく真面目な顔でそんなものが食えるな」

「鏃鳥がつついてたんだ。毒は無いはず」

 そういう意味じゃない。言い返すのも馬鹿馬鹿しくなって、メルグレアは黙りこんだ。
 奇蟲の殻の色は加熱するほど悪化していった。鮮やかではあるが、食欲とは正反対に位置する色相だった。しかし、中の肉だけは全くまともで、シェアトの調理技術も相まって、高めの飯店でも通用しそうな仕上がりとなった。
 しばらく頭を弄るのはやめておこう。ゲテモノを美味そうに頬張る相方を尻目に、真性のゲテモノ食いはそんな事を思った。

「西方のメイゼンとかいう国が、食べ物においては聖地らしいと聞いたんだけど」

「悪食は歓迎されないと思うぞ」

「食の探検家と言って欲しいかな」

 柔らかな苦笑を浮かべて続ける。

「それで、どうせ当てもないなら、西に向かってみようかと思ってね。砂漠の向こうは見たこと無かったから……」

「ははぁ、またおれの苦労の種を増やす気か」

「嫌なら放っときゃいいのに」

 何だって。

「……と言いたいとこだけど、また捕まって売り飛ばされるのは御免だなぁ」

「素直に言えよ。これからも衛ってくださいってな」

「好き放題やるくせに……」

 自分の言葉がメルグレアの心の底を掠めたことに、シェアトは気づかなかった。

 ……何故そいつを見捨てない。

 存在意義が抗議する。どうしてこいつに付き合わねばならない。この偽善者に現実を見せつけてやるのが、唯一自分の楽しみだったのではないのか。

 しかし、これからは一人で生きるなどと言われたら、おれは。

 ……素直に言え?どっちがだ。

 性に見合わぬ一抹の不安は、しかし、他愛ない会話に埋もれてすぐに見えなくなった。